料理目当てのお客さまを北海道から呼ぶ技。皇太子殿下のお食事を担当させていただいた実力。吉翠亭の松元孝喜料理長。ハウステンボスに日本料理の名店ありと全国から評価されるほど店を盛り上げた立役者です。
日本料理の原点は京料理にあり

どうしたらこういう味が生まれるのか。どうしたらこういう舌触りに仕上がるのか。海老芋豆腐をいただきながら、辛くもない甘くもない、かといってダシが出しゃばらず、しっかり海老芋や豆腐の質感を舌先に伝えていると感じ入ってしまいます。
なるほど、北海道から繰り返しいらっしゃるお客さまはこの味に魅了されたのか、東京から折りに触れて顔をお見せになるお客さまはこの味を求めて来られるのか。
吉翠亭。ホテルヨーロッパに本格的日本料理をと2007年に誕生しました。板場を与るのは松元孝喜料理長。鹿児島県生まれで小学生の頃から料理人になると心に決め、高校卒業後、京懐石料理の名店・京都の美濃吉本店竹茂楼で日本料理の道へ。その後、同市の料理旅館や料亭などで修業を積みました。

「京料理は日本料理の原点。素材の持ち味を引き出すためのうすい味付けが特徴でしょう」と松元料理長。では、うすいだけなのかといえばそうではなくてダシというものがしっかり効かせてあり、うまみが生まれておいしさを感じさせてくれます。
「ダシは大事ですね。ただ、料理によって追いカツオをしたり、差しコブをしたりと取り方はさまざま。経験が必要ですから、お吸い物のダシを取るにも数年下積みをしないと無理です」 ちなみに煮炊きものをさせてもらうのにさらに5~6年の下積みが必要だそうで、一人前といわれるようになるには早い人でも15年かかるといいます。
大きなター二ングポイント
そんな厳しい世界。時間があれば料理書でいつも勉強するなど探求心が強くよき先輩にもたくさん恵まれて、松元料理長は比較的順調に修業を重ね、30代半ばで京都の小さなホテルの料理長に就きます。ところがここで大きな転換点を迎えます。
「お客さまからはよく、味はおいしい、盛り付けもきれいですねといってもらっていたのですが、ある日気が付くとそれ以上の言葉をかけてもらえていなかったんです」

何かが足りない。ようやくわかったのは「料理は心」ということでした。
「技術だけではだめ。心で味は変わってくるんです」
それからです。料理に合わせて慎重に器を選び、盛り付けによりこだわり始めたのは。この刺身には磁器の硬質感より陶器の温かみがいい、大葉のあしらいはこの角度がいいなど、一品一品への細かな配慮で料理に込めた心を伝えました。
思えば、小学生のころに「料理は心」を体験していたのかもしれません。
「母が働いていたので、同居していたおじいさんに食事を作ってあげていたんです。おじいさんは喜んでくれて」
小学生だから技術はありません。でも愛情を込めていたから喜んでもらえた。長じて、技術は得た。けれども失っていたものがあったわけです。
「心」という隠し味を味方につけ、すごみを増した松元料理長の料理。味への評価は格段に高くなり、噂を聞き付けたハウステンボスから吉翠亭立ち上げの中心スタッフに懇願されて料理長に就任。味は開店早々から評判を呼び、09年にはご来場された皇太子殿下のお食事を宮内庁からまかされています。
長崎の魚と吉翠亭のコラボ

そういった料理人人生をもつ料理長が絶賛するのが長崎の魚介類。 「日本一だと思います。イサキ、サバ、アジ、アナゴ… 海流や豊富なエサの関係でしょうが、高級魚も大衆魚も身が締まっていてうまみがある。
また、伊勢エビがすごい。今まで伊勢エビをおいしいと思ったことがないのですが、長崎のものは身が甘く、認識をあらたにしました」極上の素材と研ぎすまされた技との出会い。刺身や焼き物、煮付けはグルメの舌をうならせてきました。
「アナゴの寿司を食べていただいたある女優さんからとても褒めていただいて。その方はサイドビジネスで寿司屋さんをやっていらっしゃるんですが、うちのはかなわないといっていただきました」
そう言わせた理由はアナゴをしゃりの間にも挟んだこと。味付けは控えめにしてあるのですが、2段にすることでアナゴのうま味がグッと立ち上がります。
それにしても甘辛さの絶妙なこと。煮アナゴはタレの甘さが立ちがちですが、ぎりぎりのところでそれを抑え素材のよさが引き出されています。それに身がふっくら。長崎の海と吉翠亭との見事な協同作業といえるでしょう。

また、デザートにも注目したいもの。例えば、かぼちゃのプリン。その細工の細かさ。プリンの上に白いようかんでうさぎが描かれ、揚げたそうめんでススキが表現されています。そこへ黒蜜のジュレが味と彩りのアクセントを添える凝ったもの。ほんのりとした甘さが満足でいっぱいの胃をやさしく包んでくれます。
食の感動とはこういうことなのでしょう。料理長の術中にはまってしまい、顔を見たくなる。あるいは店の人に「おいしかったよ」のひと言をかけたくなる。そして、また店に足が向いて。
「30代半ばに心というものを教えてもらったおかげでしょう。いつも3泊4日滞在して、私の料理を楽しみに来られる北海道のお客さまもいらっしゃいます。ありがたいことです」
そうはいいつつ、まだまだ自分は一流ではないと向上心を持ち続ける一方、料理という文化をしっかり継承して弟子に伝えていきたいと意欲的。さらにいつもお客さまに感動をお届けしハウステンボスに吉翠亭ありともっと多くの方に評価してもらいたいという情熱。そういった熱い思いを胸に、松元料理長の挑戦はきょうも続きます。